野に咲いて長閑
 〜大戦捏造噺


南部方面支部の名は伊達じゃあないか、
陽射しや風が甘くなっての春めいたと同時、
お湿りどころじゃあない、ちょっとした嵐のような驟雨も何度か襲い来て。
せっかくの桜を散らした無情の雨に、
何の、樹にしてみれば新緑を出すほうが重要なのだ、
お前たちもいつまでも浮かれておらず、
作戦遂行と習練に励めと、
色気も味気もないお言いようを偉そうにひけらかしていった。
戦さ…と、自分の昇級にしか関心のない、乾き切ってたよな上級士官殿もおれば、

 「……あ、こんなところにいらした。」

柔らかな新芽だったものがそろそろしっかり張りの出て来た下生えの上、
伸び伸びとその頼もしい躯を延ばして横になっておいでの誰か様。
この数日ほどは急に暑気も増したが、
木陰をわたる風は青い香を乗せ、まだまだ爽やか。
清かな涼風に揺れる発色のいい若葉も、そろそろしっかりした深みを増していて。
そんな梢の天蓋がちらきらとした光片落とす木洩れ陽の下、
伸ばし放しの深色の蓬髪をお顔の下へと無造作に敷き、
軍服に包まれた屈強な肢体をさらしておいでの上官殿へ。
執務室のあった本館から遠路はるばるのして来たうら若き副官が、
はぁあという溜息とともにその撫で肩を落として見せる。

 「勘兵衛様、お捜ししましたよ?」

戦闘や斬艦刀の操縦といったものへの習練といった、
士官学校でも手掛けたことの延長とは別なもの。
副官は、司令官殿の補佐として、
部隊にかかわる報告書類の作成や整理・管理といった、
事務執務も手掛けねばならない。
隊長殿の身の回りの世話をするのはその次、余裕があるなら手掛ける余禄で、
とはいえ、
士官学校を出たばかりも同然な身には、基本的な書式の知識さえなく。
事務方の部屋から資料や伝達物を持って来たり、
仕上がったものを持って行ったりという初歩的な事をだけお手伝いしていたはずが、
案件別の資料集めや整頓をお手伝いするうち、
記述の要領などは自然と覚えてゆくもので。
出来るところまでをというお手伝いが、
いつしか…報告書の下書きくらいならこなせるようになり。
随分と慣れて来たのをいいことに、
先の会戦に関する報告書を半ば押し付けられたのは、ままいつものことだったが。

 「勘兵衛様、ちょっとと仰せのお出掛けから もう二刻も過ぎておりますよ?」

だっていうのに、なかなか執務室へ戻って来ない司令官殿。
体が鈍るといって運んだ道場や教練室なぞという、
出先で何ぞあったかもと案じていたらば…この態だもの。
大いに気が抜けた金髪白面の副官殿だったのも無理はない。
やや緊張の体だった端正な細おもてに、何とか安堵の気色を取り戻し、

 「勘兵衛様、せめて眸を通していただかねば、提出がかないませぬ。」

記録であると同時に、その場に居合わせなかった人への報告でもあり。
それを元にして、もっと大局の戦略なり政策なりを構築していただくのだ、
補給の優先順位などにも大いに影響するので、
間違ったっておろそかに扱ってはならぬもの。
いつどこで、どのような作戦としてその戦端が開かれたのか。
陣営の構成は? 戦闘内容は? 時系列展開は?
最終的にどのような損失が出たか、どのような誉れがあったかを、
努めて客観的に冷静に、記録してゆかねばならず。
だってのに、勝利を収めたのはどちらか…は、
不思議と確たる記述はしないこととなっているようで。

 “それともそこは、勘兵衛様なりの個性なのかな。”

そして、七郎次が認印をもらう直前までの作成を請け負う格好になりつつある、
ここ最近の報告書類もまた、同じような傾向になってしまっているのは当然の流れ。
そんな上官殿が…今まで副官不在の間はご自分で一からしたためたのだろ、
過去の書類の綴りを参考にして書き起こされているがためであり。

 “でもなあ…。”

勝った負けたという処断、そもそもどこでどのように付けるのだろか。
どれほどの消耗を強いられたかか?
それとも先に撤退したかどうか?
実りのない戦線をいつまでも維持することが、
いかに愚であるかに気づきもしないで。
先に背中を見せる訳には行かないなんてな大時代の思考でもってかかられては、
下につく者はたまったものじゃあないというもの。
となると、
後世に下す見解とかいうのならともかくも、
その場にいた身では、なかなかその見切り、つけられたものじゃあないとも思う。

 “…そういう心持ちにもなるよなぁ。”

剣豪としての練達であるのみならず、優れた軍師でもある将軍と、
その人となりへの忠誠誓った下士官らによる、
ずば抜けた呼吸と連携をもって挑む戦さは、
ある意味で舵取りが自在な、
一番乗りの先鋒部隊として突撃を敢行する代物ばかりじゃあない。
どれほど損失を少なくしての撤退が可能か、
どれほど敵を煽っての時間稼ぎをこなせようか、消耗を誘えようかという、
巧みな段取りと、それへの的確な運用をこなせるところを買われての、
殿(しんがり)部隊として挑んだ戦さも少なくはなく。
そして、

  ―― 殿が請け負うものには、後始末が多いということ。

潰走という格好での撤収の楯にならねばならぬ以上、
本隊への追撃を肩代わりするよな立場におかれる訳であり。
自分たちの働きはむしろ讃えられてもいいほどの代物だのに、
負けたと断じられてしまう場合も何と多いことだろか。
それも、敵の陣営に思われるのへは仕方がないが、
自分らの不手際のせいだというに、
その本陣の将官や下士官が鼻で嘲笑するのってどうよ、と。

 “……。”

何だか筋違いなムカムカまで思い出した七郎次が、

 “………あれ?”

眇めた視線の先、ふと気がついたものがある。
上着の型や額に鉢金までという装備の形式は同じでありながら、
だが、戦闘時にまとうがゆえ、防御力もある頑丈な軍服ではない。
平時用の制服姿の御主の、その手元がいやに汚れているような。

 「???」

こうまで声をかけてもお起きにならぬ隊長を、
こちらはいつまでも立ったまま見下ろしているというのも不遜なこと。
そこでと、片膝ついて屈み込み、
姿勢を低めてのあらためて、そのお姿を検分させていただいた。
彫の深いご尊顔が、微妙に渋い表情を滲ませているのは、
特に今の今ご機嫌が悪いからじゃあないから、まま案じることはない。
長年の苦渋が染みついたからああなったのだよとは、
良親、征樹という双璧殿らがこっそり教えてくれたこと。
それへの見分けはつくようになった身には、

 「……。///////」

窪んだ眼窩にやや立った頬骨。
冴えた横顔をかたちづくる、すっきりと通った鼻梁の峰に、
かっちりとした口許は、眠っておいででも引き締まっており。
峻烈にして精悍な、
いかにも叩き上げの野武士のような男臭い風貌でおいでなのへと、
ついつい見ほれてしまう。
こうまで勇ましい風貌に、上背もある頑健な肢体をし、
刀さばきの妙も備わっておいでの御主は、
だのに、頭脳明晰な軍師としての手腕をこそ買われておいで。
頭でっかちで型通りの策しか打ち出せぬ凡庸な司令官よりも、
機巧躯の機能一つ取っても日進月歩で進化を見せる、
現行の流動的な実戦へ最も即し、
いかようにも機転を利かせられよう、何とも絶妙な策を打ち出すところが、
彼をようよう知る、上つ方のお人には誉れをもって可愛がられておいでだが。
そういうお人はそれなり屈折したところもお持ちか、
それとも世俗に厭気がさしてのことか、
あまり表立った場にしゃしゃり出ておいでにならぬがゆえ。
力強い後ろ盾とも言えず、
詰まらぬお人がどんどん出世してゆくのに、
彼はいつまでも前線の司令官という危険な官職に据え置かれたままで。

 “我らにしてみれば、助かるといや助かる話だが…。”

どうみたって各下な将官が不躾に礼節求めるおりなぞは、
やはりついつい歯咬みしてしまう…のは、まま今更な話なのでおくとして。

 “……何でまた?”

肘辺りを頭の下敷きに、手枕にした側の手元は見えないが、
もう片側は腹の上。
深色の濃緑の上着には、その頼もしい大きさの輪郭がいや映える、
日頃使いの白手套がいやに汚れているのに気がついて。

 「…? あ。」

斬艦刀の格納庫にでも行かれたか、
それとも道場で、この恰好のままマツヤニにまみれた竹刀や木刀を振り回したか。
いやいや、これは油や何やの汚れというよりは、
そこいらの土をいじったような色ではないか?
木洩れ陽の光がちらちらと、モザイクみたいに降りそそぐ中を見回せば、
傍らの大樹の根方、それにしては陽あたりのいい辺りへ、
ちょこなんと咲いていた野花に気づく。
さして珍しくもない雑花で、なのに気づいたのは、
根元の土の色が微妙に違ったからで、植え替えられたらしいことが伺えて、

 “あらまあ…。”

大方、誰ぞに踏まれそうなところに咲いていたものを、
このお方が酔狂にも掘り返しての根っこごと移し替えてやったのだろう。
淡い紫の小さな花は、あまりに可憐で、
下手にいじるとすぐにも花弁が落ちそうなほど。
よほど気を配って移し替えたのだろうと偲ばれて、
青い眸を細めた七郎次、それを思っての苦笑をこぼせば、

 「……欺瞞だと思うか?」
 「え?」

この自分が相手ともなると、随分と言葉を略すようになられた勘兵衛様で。
いつの間にお起きになったか、
そして、お言葉をついつい略すほど、
何を見てこんな苦笑を見せた副官かへも気づいておられるか。
そのような手短なお言いようをなさいまし。
恐らくは、戦場でさんざん人を斬っている者が、
こんな小さな命を哀れんで護ったことへの感慨を問うておいでであるのだろ。
七郎次は小さく口元ほころばせ、

 「いいえ。私だとて、同じようなことをしたやもしれません。」

小さく可憐な存在を、護ってやっていけないという法はなかろう。
それに、戦さ場での斬り結びはそうする必要あってのものだ。
軍人同士の衝突なのであり、
非戦闘員へまでという誰彼かまわぬ殺戮に、
手を染めている訳ではない…というのは、
それこそ言い訳にすぎぬのだろか。

 “ああ、でもでも。”

他の将官様が同じことを言ったとて、
同じようにほのぼのと受け入れられる自分だろうかと、ふと思う。
甘いことを言うとまでの辛辣な反感は抱かずとも、
ああこのお方も矛盾したものを抱えておいでなのだななんていう、
生意気で僭越な感慨を抱いたかも。
勘兵衛様だとて、
そんな柔らかな感じ入りようが似合うような性分の主でもないというのに。
どうしてだろか、
胸の底が暖まるような想いとともに、
ちょっぴり朴訥なところが何とも彼らしいことよと、
すんなり飲み込めてしまう。

 ――戦さ場では“白夜叉”などという恐ろしい二つ名を戴いている荒武者なのに。

猛禽や野獣のそれを思わせる、斬りつけるような鋭い眼差しも、
全方位へ隙のない、研ぎ澄まされた闘気も。
一旦斬り込めば、失速なくのどこまでも、
止まることなく攻撃し続けていられる刀技の洗練も。
戦さ場においてはいかに恐ろしいお人であるか、
すぐの間近という文字通りの肌身で感じて知っているのに。
そんな修羅場から離れてしまう日常へ引き戻されると、
いかにも居心地が悪そうな顔になり、途轍もない落差にて覚束なくなる。
血気に逸っておいでなわけじゃあないし、戦好きというお人でもない。
小さな名もなき花への温情が自然なものとして沸くような、
されど、その遣りようがいかにも不器用な、
そんな微笑ましい武骨なお人。

 “…ああそうか。”

勘兵衛様という存在のなさることだから、
言うこと為すこと、極端から極端であっても、
自分は難無く受け入れられるのかもしれない。
勘兵衛様ありきという順番で、
つまりは彼という人に、存在に、
すっかりと参ってしまっているのだ、多分。
そんな上官様を、文字通りの惚れ惚れと、
仄かに甘い気分になって眺めていたところ、

 「…で、副官殿は何用でこんなところへ参られた。」
 「あ、そうそう。」

ほやんと緩みかけてた気勢を、
それとつついてくだすったのも御主だったりし。

 「今日中に提出する報告書が溜まっております。」
 「? 先の会戦の分は、お主に任せただろうが?」
 「署名を戴かねば出せません。」

それに、本来は勘兵衛様が清書してから提出すべきものですよ。
何の、お主の筆の方が見栄えもいいし読みやすい。

 「誤魔化されませんよ。
  第一、勘兵衛様の筆の方が雄々しくて頼もしくて……、と、//////」

おととと慌てて口を噤んだ副官殿。
相手選ばず跳ねっ返りなところも気に入りの彼のそんな態度へ、
何だどうしたと、不意に気勢の萎えた理由を探ろうとする勘兵衛だったが、

 「な、何でもありませんて。////////」

いけないいけない、こればっかりは知られちゃならぬ。
咄嗟に伏せたお顔を覗き込もうとしてか、
上体起こした彼だったのへとかこつけて。
さあさ、お部屋へ帰りましょうと、その手を引いての立つのを促し、
青い草いきれの中、現実への帰途へつく彼らだ。
たといそれが、明日にも途切れる“生”であれ、
このお人と共に在れるなら、満たされ尽くしの夢のような時間。
それを七郎次がしみじみと噛みしめたのは、
長い長い眠りへと封じられ、胸を振り絞られるほどの寂寥に世を儚んだ、
随分と後になってからだったけど……。





  〜Fine〜  09.06.27.


 *YUN様、サイト開設3周年おめでとうございます

  *突貫でかかったせいですか、何だか妙な出来ですいません。
   あらためまして、3周年おめでとうございますvv
   YUN様とお付き合いさせていただいてから、
   大戦勘七の切なさをたっくさん堪能させていただきました。
   これからもどうか、珠玉の作品を味あわせて下さいませね?

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